本日は、家紋についてお話しします。
ひな人形の道具、五月人形のちょうちん等に、家紋をつけられる方はいらっしゃいます。
リメイクで送って下さる五月人形等は、20~30年前ですとちょうちんがあって、家紋が入っています。
ひな人形ですと、殿には男性のお家の家紋、姫には女性のお家の家紋が入っていることもあります。
近年、新たにひな人形や五月人形や鯉のぼりのお買い上げで家紋はどうなさいますかとお尋ねしますと、「家は普通の家だから、家紋はありません」とか、「僕は家康が好きだから、徳川の紋にして下さい」とおっしゃいます。
こちらもちょっとびっくりして、家紋帳をお持ちしてご説明しますと、ご納得されます。
一度、お家の大切な紋についてお確かめ下さい。
家紋について一度お話ししたかったので、本日ご説明します。
ご質問、ご意見がございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。
出来る限りお答えできるよう努力しますので、よろしくお願いします。
家紋の起源
家紋の起源は、平安時代中期に遡ります。
「愚管抄」(1220年)に白河天皇の外祖父・藤原実季が「巴紋」を牛車に用いたと記されているのが最古の記録です。
自分の牛車を探す際の目印に用いたといわれ、他の貴族たちも真似て、独自の紋を作り、牛車や衣類などにつけるようになりました。
それがやがて家を表す標章に発展していきます。
当時の家紋は、鳳凰や木瓜紋など、中国渡来の文様を模したものが多く、貴族はその美しさを競いました。
やがて平安末期の源平騒乱期になると武家に家紋が広まりました。
敵と味方を判別するため、平氏は赤旗、源氏は白旗を用いましたが、その後源頼朝が、源氏の嫡流以外の旗に紋を入れさせました。
これが各家の家紋となりました。
家紋は戦場での武功を際立たせるため、陣幕、旗、鎧兜などにもつけられました。
天皇家の「菊紋」が定められたのもこの頃で、菊を愛した後鳥羽上皇が、持ち物に菊紋を入れたのが始まりとされます。
室町時代になると、家紋は武家の間に定着し、記録にあるだけでも500種類を超えます。
武士の家紋は武運を祈念したものが多く、戦場で身を守る鎧兜や刀剣、勇猛さの象徴である鷹や獅子などが好まれました。
武功を立てた武士には天皇の「菊紋」や「桐紋」が下賜され、最高の名誉とされました。
足利尊氏や織田信長、豊臣秀吉らが授かっています。
また、信仰にちなんだものもあり、徳川家の「葵紋」は、信仰する賀茂神社が由来です。
江戸時代に入り戦がなくなると、武家にとって家紋は大名家、旗本家といった階級を表すものとなります。
一方で、庶民の間にも家紋は広まりました。
葵紋の使用禁止などの規制はありましたが、比較的自由に作ることができたからです。
粋を好んだ江戸庶民からは家紋をアレンジした「洒落紋」や、女性だけの「女紋」などが生まれました。
また、商家は暖簾に家紋を染め抜いて紋章としました。
明治以降、すべての国民が名字を持つとともに、どの家も家紋を持つようになり、冠婚葬祭の着物の礼服にも用いられるようになります。
さらに家紋を元に社章や市章も生まれ、日本の家紋文化は今も受け継がれています。
名字と家紋のつながり
家紋とは先祖代々受け継がれる、一族を表す紋章です。
その数は名字の増加にしたがって増え続け、現在10万種類以上あるといわれています。
デザインは、地位や職業、信仰、名字に由来するものが多いです。
一方、名字も先祖の居住地や地位、職業のヒントが隠されています。
そのため、家紋と名字の2つを併せみることで、その家のルーツを推測することができます。
日本に多いベスト3から、その代表的な家紋とルーツを探ってみましょう。
1位 佐藤

藤原秀郷の末裔・公清が起源です。
幸清が官職の「左衛門尉」に就いたことにより、「左藤」、後に「佐藤」となりました。
歴史上では源義経の忠実な家臣、佐藤継信、忠信兄弟が有名です。
佐藤姓の代表的な家紋は「源氏車」です。
南北朝時代に伊勢神宮の神官だった佐藤家が、朝廷からの奉献品の運搬に使った御所車の車輪が由来です。
本来なら“御所車”と呼ぶはずですが、佐藤兄弟が源氏に仕えたことを強調するため、「源氏車」と呼ぶようになったと考えられます。
2位 鈴木

熊野(和歌山県)発祥です。
本姓は「穂積」といい、物部氏から派生した一族です。
熊野地方では、刈った稲穂を山積みした姿を「ススキ」「スズキ」と呼び、これが「鈴木」に転じました。
鈴木姓の代表的な家紋「抱き稲」の由来でもあります。
穂積氏は大和朝廷に仕えた一族ですが、熊野神社の神官となった穂積基行が鈴木を称し、鈴木姓の祖となります。
鎌倉時代以降は、熊野信仰布教のために各地へ赴任、熊野神社の氏子も「鈴木」を名乗り、拡大していきました。
3位 高橋

高橋姓は神事にまつわる土地で多く発生したが、古くは2派に分かれます。
天皇の食膳を司った膳臣から出たものと、大和国添上郡(奈良市)の「高橋神社」を氏神とした物部氏から出たものです。
高橋姓で最も多く用いられるのは、「丸に笠」です。
「笠」は、漢字で「竹を立てる」と書きますが、高く立てた竹や木の先端には神が降臨すると考えられ、天と地を結ぶ神の通い路とされました。
つまり「高橋」とは、神を迎える架け橋を意味いています。
本日は、家紋についてお話ししました。
ご質問等がございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。
よろしくお願いします。